【近代西洋画】国立西洋美術館開館60周年記念「松方コレクション展」鑑賞記
国立西洋美術館
会期:2019年6月11日~9月23日
【はじめに】
会期も残りわずかとなった週末の金曜日に、上野の国立西洋美術館で開催されている松方コレクション展に行ってきました。
館内が大変混雑していたのと、コレクションに関する予備知識の欠如が響いてか、その時はこの特別展を心ゆくまで楽しんだ感覚が持てずにいましたが、後日、おくればせながら2019年5月に上梓された原田マハさんの「美しき愚かものたちのタブロー」(文芸春秋)を読み、松方幸次郎氏とそのコレクションにまつわる物語と先だって鑑賞した絵画が自分の中でつながりました。
そのため、書中で言及のあったコレクション3点について記述し、備忘としたいと思います。
「美しき愚かものたちのタブロー」は、巻末に「この物語は史実に基づくフィクションです」との記載がありますが、かなり史実に忠実に物語を紡いでいるのだろうなという印象を受けました。
実名で登場する方々も多く、また主要な登場人物である田代雄一は、明らかに美術史家の矢代幸雄氏がモデルだということがわかります。
のちに日本を代表する美術史家となる矢代幸雄氏は、川崎造船所社長で美術収集家であった松方幸次郎氏のロンドン、パリでの絵画購入に同行し、印象派や当時評価を高めつつあったポスト印象派の作品購入をアドバイスしていました。
あるとき、ゴッホの「アルルの寝室」、ルノワールの「アルジェリア風のパリの女たち」が売りに出されていたために、松方氏にぜひとも購入するように勧めたが断られ落胆したそうですが、松方氏はその後2点とも矢代氏に黙って購入していたという逸話が残っています。
書中、田代雄一が旧知の仲であるのフランス国立美術館総裁ジョルジュ・サル(実名のようです)とルーブル美術館での公の交渉に惨敗したその日、偶然パレ・ロワイヤルの庭園で再会した時のやりとりにその逸話が盛り込まれています。
【アルルの寝室】
「・・・なんて言うか・・・私は・・・いや、何を言っても追いつかない。私は、感電した。フィンセント・ファン・ゴッホという名の雷(いかずち)に」
とは、パレ・ロワイヤルでの田代雄一の台詞です。
一方、実名で登場する元日本海軍航空隊所属で川崎造船所社員の日置釭三郎が、第二次世界大戦のナチス・ドイツのフランス侵攻の際に、パリ近郊のアボンダンに疎開させていたコレクションを再びパリに戻すシーンでは、トラックに積んであった「アルルの寝室」を見たドイツ軍の兵士が、
「・・・なんだこれは?子供の落書きか?」
評価が極端に分かれる絵なのですね。
私は、ほのぼのとしたいい絵だなと思いました。さすがに感電するところまではいきませんでしたが。
ちなみに、秋田麻早子さんの「絵を見る技術 名画の構造を読み解く」(朝日出版/2019年5月)を紐解くと、3点ある「アルルの寝室」のうちゴッホ美術館に収蔵されている1888年の作品を例に、「ゼラニウム・レーキ」というピンクがかった赤い絵具の色素が、経年変化によって抜け落ちていたことが記述されています。
私たちが今日目にしている青い壁は元々は青ではなく紫で、時間の経過とともに赤が抜け、青い色素だけが残って見えているとのことです。また、床も、赤から褪せた茶色になっているよう。
当時の色の復元図は、少しサイケデリックな印象です。当のゴッホは、この色の組み合わせで「完全なる平穏を表現した」と言っていたようですが・・・。1889年の作品も元は同様の色使いだったのでしょうか。
1889年の作品は、1959年のフランス政府による松方コレクション寄贈返還の際、フランスに留め置かれ、現在はオルセー美術館の所蔵です。
【アルジェリア風のパリの女たち】
以下、「美しき愚かものたちのタブロー」からの引用です。
「あたたかみのある褐色を基本色に据えてアラブ風の絨毯の上に憩う三人の女たち。中央の金髪の女性は白いやわ肌をさらして鏡を眺めている。両脇の黒髪の女たちは彼女の化粧を手伝う召使い役だ。エキゾチックな衣装や装飾品、オリエント世界への憧れが色濃く漂い、画面全体に蠱惑的な空気を出している醸し出している。」
私は、ルノワールといえば「舟遊びをする人々の昼食」など、もう少し明るい色彩で描かれた作品を思い浮かべますが、この作品は少し異質な感じがしました。
ルーブル美術館にあるドラクロワの「アルジェの女たち」を下敷きにして描いたものだそうですが、ルノワールとドラクロワはなかなか結び付かないです。
【睡蓮 柳の反映】
本展のオープニングの展示で、写真撮影可となっていました。
以下、2019年6月11日付日本経済新聞夕刊から引用します。
「戦後長らく所在が分からず、2016年にパリのルーブル美術館で見つかった印象派の画家モネの油彩画「睡蓮、柳の反映」が11日、東京・国立西洋美術館の「松方コレクション展」で公開された。上半分ほどが欠損している作品で、同館が残りの部分を昨年から修復していた。
10日の内覧会で公開された作品は1916年製作で縦約2メートル、横約4メートル。睡蓮(すいれん)の池に柳の木が映り込む様子が荒々しい筆致で描かれ、モネの作品を代表する連作「睡蓮」の中の「木々の反映」に関連する作品とされる。欠損部分を和紙で補った上で残存部分をクリーニングし、剥がれ落ちそうな絵の具を接着剤で補修した。筆致や色味が鮮やかによみがえった。破損前の作品を撮影したガラス乾板などを参考に「推定復元」したデジタル画像も同展に出品される。作品は実業家、松方幸次郎が21年にモネから購入した。戦時中にフランス政府が接収後、所在不明に。2016年9月にルーブル美術館の収蔵庫で発見され、西洋美術館に寄贈された。」
また、「美しき愚かものたちのタブロー」では以下のように描写されています。
「そよ風が鏡面のような水連の池を音もなく渡っていった。そのほとりに佇んで、モネは、たおやかにゆらめく柳の枝が映り込む池の風景を、素早い筆触で横長の大きなカンヴァスに写し取っていた。その様子を黙って見守っていた松方は、拙いけれどていねいなフランス語で、つっかえつっかえ、画家に向かって言ったのだった。
――先生。過去に描いたものでもいい、〈睡蓮〉の大作を、ひとつ、私に譲っていただけませんか。・・・」
私は正直なところ、初見では何が描かれているのか分かりませんでした。睡蓮の池に映り込む柳の枝として見えたのは、上記の描写を読んでからです・・・。
(おわり)
【参考文献】
「美しき愚かものたちのタブロー」(原田マハ著/文芸春秋/2019年5月)
「絵を見る技術 名画の構造を読み解く」(秋田麻早子著/朝日出版/2019年5月)
日本経済新聞夕刊(2019年6月11日付)
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