【近代日本画】2019年8月 山種美術館広尾開館10周年記念特別展「生誕125周年記念 速水御舟」

【近代日本画】2019年8月 山種美術館広尾開館10周年記念特別展「生誕125周年記念 速水御舟」

山種美術館

会期 2019年 6月8日~8月4日

【プロローグ】

私は美術展といえば主に金曜日の夜間開館が実施されている特別展に足を運んでいますが、今回は、金曜日の夜間開館がないにも関わらずどうしても観たいという美術展がありました。

それは、広尾の山種美術館で開催されている「山種美術館広尾開館10周年記念特別展 生誕125周年記念 速水御舟」です。

少しでもゆとりある鑑賞をしたいと考え、平日に休暇を取得して出掛けることにしました。

前期と後期で一部展示替えがあり、私は後期の展示の鑑賞です。

展示は以下の4つの章から構成されていました。

  1. 画塾からの出発
  2. 古典への挑戦
  3. 10ヶ月にわたる渡欧と人物画への試み
  4. さらなる高みを目指して

内容は期待を上回る素晴らしさでしたが、この感動を記憶にとどめるべく、拙いながらも各章から一つずつ取り上げて、記述してみたいと思います。

【第1章より 「錦木」】

錦木
「錦木」 大正2(1913)一幅 絹本彩色 142.4×70.6 山種美術館

男性の白装束と黒笠のコントラストが目を引きます。橙色に彩られた錦木を持った男性の表情は僅かに緊張を湛えているように見えます。背景には薄の穂の白と葉の緑が描かれています。

昔、奥州で、男性が恋する女性に会おうとするとき、女性の家の前にこれを立て、女性に迎え入れる心があれば取り入れ、取り入れなければ、男性はさらに繰り返し、千本を限度として通ったという錦木伝説に基づく能「錦木」を題材としているとのこと。

特に細密な描写ではなく、すっきりとした平面的な表現です。

【第2章より 「炎舞」】

炎舞
「炎舞」
大正14(1925) 一面 絹本彩色
120.4×53.7 山種美術館 重要文化財

おそらく多くの人がそうであるように、私も速水御舟の代表作といえばまず「炎舞」を思い浮かべます。

本展覧会のハイライトとして、鑑賞順路の最終地点である第二展示室に「炎舞」は鎮座していました。

展示室は暗く、光量を抑えたライトで仄かに照らされることにより、緋色の炎がより妖しげな輝きを放っています。

紫紺の闇を照らすその炎に吸い寄せられるように近付く自分もまた、画中を舞う蛾なのではないかとの思いが浮遊します。

この絵を通して呼び起こされる記憶があります。それはかつてよく泊まった山間の宿の灯火に群がる虫たち。

その中に、ひときわ大きなオオミズアオというヤママユガが淡い翡翠の薄羽を輝かせていたのが鮮明に脳裏に焼き付いています。

速水御舟の作品の中には、そのオオミズアオを描いた「化生」という作品もあります。

炎の形状は目に映ったものを忠実に表現したというわけではなく、様式化された炎の彫刻を見ているようでした。

その刹那その場所は私にとっては美術館の展示室ではなく、山間の宿のダイニングルームでした。その心地よい炎の色と乱舞する蛾たちをいつまでも眺めていたいと思いました。

【第3章より 「埃及土人ノ灌漑」】

埃及土人ノ灌漑
「埃及土人ノ灌漑」
昭和6(1931) 一幅 絹本彩色裏箔 山種美術館

「埃及、殊に私は埃及を愛するものであって埃及といふ国もまた梵鐘の黄色調をもっている。」

(絵画の真生命/速水御舟著 山種美術館編/中央公論美術出版/1996年 「奈良、騾馬、埃及の夏」より引用)

まず印象的なのが背景の黄土色です。人物は平面的に描かれており、全体的にあっさりとしていますが、水流の描写は「炎舞」の炎のように様式的な表現となっています。

【第4章より 「春の宵」】

春の宵
「春の宵」
昭和9(1934) 紙本彩色 32.1×49.6
双幅のうち一幅 山種美術館

「曙の柳 概略成る それに対する春宵桜花図 興を覚えその画作に入る 朝鮮紙淡紅色の紙地を使ってみる これ成るやいなや」

(もっと知りたい速水御舟 生涯と作品/尾崎正明監修/東京美術/2009年 より引用)

幻想的な風景画です。これは現実の風景というよりは、作者の美意識の発露であるように思えます。

この作品は「あけぼの・春の宵」の左幅で、右幅の「あけぼの」における仄かな朱の薄明かりの中に描かれた柳と烏のうら淋しさとの対比も面白いと感じました。

あけぼの
「あけぼの」
昭和9(1934) 紙本彩色 32.1×49.6
双幅のうち一幅 山種美術館

三日月の宵闇の中を白い桜の花片が散り行く様は私も掛け値なしに美しいと思います。

夜桜
東京都庭園美術館の夜桜(筆者撮影)

【エピローグ】

ミュージアムショップでは三島由紀夫の「金閣寺」の文庫本が販売されていました。表紙に「炎舞」の炎の部分があしらわれています。1950年(昭和25年)7月2日未明に実際に起きた「金閣寺放火事件」に題材を得た本作品は三島文学の一つの到達点として名高いですが、私は三島由紀夫の緻密極まる情景・心理描写の大ファンなので、既に読了した物語ながらつい衝動買い。

速水御舟と三島由紀夫、個人的にはとてもハイセンスなコラボレーションだと感じています。

最後に、今回の参考文献として読了した速水御舟著「絵画の真生命」から印象に残った部分を引用し、その後、子供が描いた炎を表現した絵画を紹介して記述を終わりにしたいと思います。

「・・・子供の作品に応々いゝ絵を見出すのも、かうした理由で説明がつく。子供は未だ雑念に支配されることが少く、大人よりは純粋な気持で物を見、物を描くためである。あたり前のことを偽らずに描いてゐるためである。先年上野で全国の小学生の作品の展覧会が催されたが、その中にはなかなか面白いものが発見された。ところが、そのすぐ後で催された全国の中等学校の図画教師の作品の展覧会には、殆んど見られる作品はなかった・・・」

絵画の真生命/速水御舟著 山種美術館編/中央公論美術出版/1996年 「雑念の解説と藝術的良心」より引用)

 

かにふぁいや
かにふぁいや

(参考文献)

絵画の真生命(速水御舟著 山種美術館編/中央公論美術出版/1996年)

もっと知りたい速水御舟 生涯と作品(尾崎正明監修/東京美術/2009年)

山種美術館所蔵 速水御舟作品集(山種美術館/2019年)